第1回 テーマは持たない

 美術は、外に向かって何らかのテーマのようなものを投げかけていく分野ではない。
 音楽・演劇・映画などの芸術と、美術の違いを考えてみればよくわかることである。
 両者の決定的な違いは、時間の扱い方である。
 音楽・演劇・映画は、具体的な鑑賞時間が設定されている。そのことを作り手側から言うならば、具体的なテーマを提示するのに必要な時間を、作者が正確に鑑賞者に対して義務づけるという方法で作られている芸術作品だと言うことができる。つまり、そのテーマは正確に読みとってもらうべきもので、そのための時間が絶対的に必要なのだ。
 一方美術作品の方は、鑑賞する時間は完全に鑑賞者に委ねられている。一瞬だけ見て終わってもよいし、何時間見てもよい。つまり、鑑賞者がまったく自分だけのために鑑賞する、という構造を持っているということだ。鑑賞の仕方や時間はその作品に込められてはいない。
 音楽・演劇・映画は、鑑賞の仕方や時間がその作品内に込められている。つまり、テーマがはっきりと込められている、ということだ。
 美術作品におけるテーマとは、作者が作品を作るための原動力として存在するものであって、鑑賞者に訴えかけるものではない。何か具体的なことをわかってもらうのならば、美術ではなく音楽・演劇・映画を作るべきなのだ。
 美術作品のテーマは、作者のためだけにある。そして鑑賞者には、鑑賞者だけの鑑賞するべきテーマがある。それは決して同じではないし、違って当然なのだ。
 作者の込めた大きな悲しみが、鑑賞者の心の中に大きな喜びを生むことがある。それこそが美術作品なのだ。

2002年2月 大西弘幸

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