第3回 絵を描くことは自分の世界を探すこと
前回に引き続き、絵を描く切っ掛けの話から。

(西宮美術研究所にて2001年3月20日)
大西
「マンガ家入門」を買ってね、
「続マンガ家入門」も買って。
もちろんその前には、手塚さんが描いた
「マンガの描き方」ってのがあったんだけれども。
ま、一連の中でも、石森さんのは物凄い影響
受けたね。
特に、上京して手塚さんの所に行くあたりの話は。

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山下
マンガ家を目指す人の教科書みたいな。

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大西
そうそう、その影響が大きくて、
しばらくマンガ家目指してましたよ。

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山下
それは、こういうものが描きたいって、
具体的にはあったんですか?

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大西
いや、それはなかった。

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山下
そうなんですよね、
僕も、なかったんじゃないかと。

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大西
例えば当時だったら「鉄腕アトム」のような
ものを描きたかったし。
後でもっと好きになった「8マン」とかを
描きたかったんだと思うよ。

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山下
真似をしたかった、
というのがあるんでしょうね。
疑似体験みたいなことをね。

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大西
そうそう、そういう意味で言うと、
最終的に今は絵画をやってるけれども、
単純な切っ掛けですよ。
 
中学2年の時、美術部に1年生で凄いマンガが
上手いのが入って来て、一緒にやってたん
だけど、とてつもなく上手いのよ。
それで、「一歳下なのにこんなに上手いヤツ
がいるのなら、自分はマンガ家は無理だなー」
ってその時に漠然と思ってたからね。
どっかそこで、進路変更が始まってるのよ。
 
後にそいつが、半分ウソか本当かわからない
名言残してる。
「大西氏は私の登場でマンガ家を断念し、
私は大西氏の登場で画家を断念した」
なんてね。(笑い)

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山下
(笑い)面白いですね。

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大西
そんなことで、マンガは無理だなーと……。
だったら絵の方にしようかな、
と思いかけてたね。
絵画に行くのも単純な理由で、
本当はデザインを目指していた。

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山下
最初はそうだったんですか。

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大西
最初、美術のプロっていうのは、
なぜかデザイナーって言葉がインプット
されていた。言葉だけだけども……。
親が、デザイナーになれとか……、
格好つけて言ってたものだから。
で、高校1年生くらいの頃に、たまたま、
京都芸大の入試の要項を見たら、
デザインの入試には知らない用具が、
いっぱい並んでた。
油絵科を見たら、知ってる用具が並んでて
「あ!こっちならわかる」と思って。(笑い)
そんなもんですよ切っ掛けって。

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山下
(笑い)
僕は、実はマンガが描けなかった、
というのがあって。
単純に、描ける様になりたいから、
デッサンの勉強をしようと思って。
しかも、受験でデッサンの勉強できて、
大学に行けるなら、いいなーと思って、
研究所に来ましたから。
 
僕の場合は、マンガの作品ごとに
呑めり込んでしまうんですよ。

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大西
なるほどね、マンガの中に。

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山下
例えば「デビルマン」を読んだら、
デビルマン的な世界の中に入ってしまって
「人間ってそんなに偉いもんじゃない」
って根から思ったり。
「風の谷のナウシカ」を読んで人間に
ついて考えてみたり。
本当に、単純に、疑うことなく入り込んで
ましたね。
それを、現実と繋げて考えるようになったのは、
研究所に行くようになってからですね。
デッサンを通じて、自分を見るようになるのは。

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大西
デッサンを勉強して、わかってくるにしたがって
マンガを描けなくなったって経験を持っていてね。
つまり、ものを正確に描くには、
ものを見たほうが早いというのがあって。
マンガって、ものを見ないで描くっていうのが、
先ず原則な訳ね。
やかんを描こうと思ったら、やかんを一生懸命
自分の頭の中に入れておいて、それを、
さっさと描けなければいけない。
そんなことばっかり、その当時は勉強してた
訳やんか。
記憶をするという勉強をしてた訳。
デッサンをやり出した時に、それが最初弊害
になってしまう。

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山下
そうなんですよね。

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大西
顔を、顔の記憶で描く訳やね。
そうすると描けない。
それでマンガの癖を取るのに、物凄い時間が
かかった記憶があるのよ。
で、癖を取ってしまうと、今度はマンガが
描けないという事態が起きてね。
 
自分の中で、マンガっていう分野が、
そこで1ランク下がったのかも知れないな、
デッサン勉強によって。

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山下
僕なんかは、デッサンで感覚に出会う、
という感覚があって。
今まで、頭の中とかでしか、マンガとか楽しめ
なかったじゃないですか。
読んで、それを空想して考えて、
描くにしても、何かを見て、頭の中でひねくり
回して、描くみたいな。
でも、デッサンの勉強をしだすと、ダイレクト
じゃないですか。
手を動かして、感覚的に、そこに居て、
フルに自分の感覚を活動させないと、
デッサンってできないじゃないですか。
だから、それは空想して日々楽しんでたこと
よりも、凄いリアリティーがあったんですよね。
 
マンガ読んでても、「何かに近づきたい」
「何かをわかりたい」とか欲求があったんですよ。
当時は、あるかも知れない真実とか、
理想とかに近づきたいと思っていて、それに、
デッサンとか絵の方が近づきやすいと、
これだけ現場のリアリティーがあるならば、
これをやっていれば、何かに近づけるんだ、
みたいな感覚を体験するとマンガに
戻れなかったんですよね。

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大西
私も、デッサン勉強を通じていちばんわかった
のは、イメージを膨らますなんていうのは、
リアリティーのあることから攻めていかないと、
本当には膨らまないっていうこと。
 
勝手な想像から来るイメージなんてのは、
本当は借り物なんだってわかってくるのよ。

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山下
そうなんですよね。

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大西
どこかで読んだ、誰かが作った世界を素に、
自分の世界を広げるだけの話であって、
自分の本当の世界なんてものは、
リアリティーと直面していかないと見えてこない
っていうのが、デッサンでわかるのよね。
それを、わかった人ってのはきっと、ずーと、
デッサン的なことをするんやろね。
デッサンをやるっていうのが、
単に絵を描く手段だった人っていうのは、
また、そのイメージとかいう嘘っぽい世界に
戻って行くんだろうね。

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山下
そんな気はするんです。
だから、これからそっちの方の話しをしようと、
思っているんですけど、
絵ってのは凄いシンプルじゃないですか、
物語は設定しなければならないし。
 
絵にはシンプルさっていうか、
手っ取り早いなー、というのがあって、
先生の絵に出会って、それをやって行こうという
決定打みたいなものは。

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大西
決定打ってのは、よくわからないんだけれども。
マンガを描くこととの、決定的な違いは、
今言ったように、お話があるもは、まずテーマ
が必要で、それでお話を作ることになる。
言いたいことは何なのか、何をしようか、
まず考える訳やないですか。
それは、何処から来てるかと考えると、
借り物の可能性が高い。
まず借り物を設定することになる。
 
例えば、今回は「勇気」みたいなものをテーマ
として設定するとする。
でもそれは、すでに世の中に存在している物
の借り物で、そこに自分の尾ひれを付けていく
作業だということになる。
 
絵画がそれらと決定的に違うのは、
お話の分野では、まず物語や自分のやりたい
ことを提示するのに対して、やりたいものを
探そうとするのが絵画の特徴なんやね。
 
自分がやりたいなものなんてわからない、
ってことから出発して、
自分って今何がしたいんだろうとか、
何を考えているんだろうっていうことを、
探すためにやって行く。
だから、ものを描くっていうのは、
ものを考えるという手順とよく似てるのよね。
 
ものを描かない人から見ると、
本当にわからないらしんだけれども、
「ただ単に描いてるだけだ」と思う、
らしいんだけど。
あれは、自分の思考を辿っていく作業なんよね。
自分が本当に考えているものなんてのは、
そう簡単に見えてこないというのを知っていて、
それを、どうにかして見てみようかなって
いうのが絵画。
我々がやってる、「ものを描く」という方向
の絵画がやっていること。
 
だから、絵を描いて行くと、単に頭の中だけ
でひねくり回していたんでは作り得なかった
世界を作れる時がある。
いっぱい試行錯誤を繰り返したからこそ
見えてくるモノがあって、自分の中にこんな世界
があったんだって思ったりする。
だから、絵を描くことは自分の世界を探すこと
だ、ということがわかってきて、
絵画が面白くなったのかなー。

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山下
「立ち位置」とか「信じる」という言葉を
最初に出したんですけど、
それを探すジャンルだってことですよね。

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大西
そんな気がするんだけどな。
始めに設定から入る絵画をやっている人が
いっぱいいるじゃないですか、
あれは、信じられないのよ。(笑い)

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山下
あれは、僕も、映画とかマンガでやった方が、
いいと思うですけど。(笑い)

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